松山英樹、青木功プロとのエピソードなど?

松山英樹、ご存じですかぁ~。今回は松山英樹とあの青木功プロとの話ということで、青木功プロとはいろんなエピソードがあるんでしょうねぇ。ゴルフ界50年の実績。そんな青木功プロを松山英樹はどう思っているのか?。

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青木功プロから見た松山英樹はどんな感じなのか、などなど。なんか現在の松山英樹と青木功プロとの関係がわかり易い、そんなお話がわかればいいのですが・・。調べて見ました。いかがでしょうか?。

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そして松山英樹のPGAツアー賞金ランキングは2017年5月15日現在、2位(前週2位)というところです、賞金額はトータル、486万9,791ドル(約5億5300万円)なっています。

ザ・プレーヤーズ選手権 5月14日最終日(TPCソーグラス・フロリダ州)日本勢の2人はともに通算イーブンパーの22位でホールアウトしました。

最終日16位タイから出た池田勇太プロは5バーディ、3ボギー2ダブルボギーの「74」。54位タイからスタートした松山英樹は、終盤3ホールで4つスコアを伸ばして「69」をマークしました。

そして同日、男子世界ランクが発表され、今回のザ・プレーヤーズ選手権で22位に入った松山英樹は1ランク上がり、世界3位になりました。

日本人がトップ3に入るのは史上初ということです。これまでは、松山英樹と1987年(昭和62年)に中嶋常幸プロが記録した4位が最高位でした。おめでとうございます!!まだまだこれからです!!応援よろしくお願いいたします。m(_ _)m

5月21日付の男子ゴルフ世界ランキングが発表されました。米ツアー「AT&Tバイロン・ネルソン」で2位に入ったジェイソン・デイ(オーストラリア)が3位に返り咲きました

試合のなかった松山英樹は1週間で再び4位となりました。まあ、しょうがないといえばそれまでですが・・

ジェイソン・デイと松山英樹の平均ポイント差は0.4237となっています。

 

そこで、この応援ブログでは、松山英樹と青木功プロとのエピソードと、いろいろなことを話題にして、徹底調査して、ゴルフをしないアナタにも、ゴルフ初心者のアナタにも、な~んかチョットだれかに話したくなるような、そんな応援ブログにしたいと思っています。

ゴルフも、ブログも、まだまだ初心者の私、山田といいます。よろしくお願いいたします。

松山英樹 青木功 エピソード

■エピソード Ⅰ 松山英樹と青木功プロが初めてで会うのは

松山英樹と青木功プロが初めてで会うのは、1998年(平成10年)、松山英樹が小学校1年生6歳の年、場所は当時青木功プロが練習拠点にしていた愛媛県奥道後ゴルフクラブです。

青木功プロがクラブ調整ラウンドにやってきた頃です。松山英樹は、他数人の友人と球拾いをする代わりにゴルフの練習させてもらっていたようです。

松山英樹の実家は松山市梅津寺町、奥道後GCは同じ松山市の八反地乙(はったんじおつ)、クルマで40分程度の距離ですが、お父さんも43歳、送り迎えしながら当時からがんばっていたんでしょうねぇ~。

当時青木功プロは、松山英樹が隠れて青木功プロの練習を見ているのを、わざわざ呼び寄せ、近くでプレーを見せてくれたそうです。

松山英樹も当時のことは覚えていて、青木功プロが見せる、様々なアプローチの「ワザ」を、まねしてみたができなかったと後日談として語っています。そんなエピソードです。

青木プロは他にも、松山英樹が青木功プロの開催するゴルフジュニア教室で、礼儀正しく「ボクは松山英樹です」と、挨拶したことや、他の10名くらいの子供たちに、その時教えた事も後日語っています。

また、そのレッスンの際、青木功プロから、松本君とずっと間違えて呼ばれていたこのなどは、松山英樹が後日談として語っています。

このことがきっかけで松山英樹のあこがれの人、こんなひとになりたいと思う気持ちが、想いがドンドン膨らみ、青木功「世界のアオキ」があこがれの存在として、松山英樹の努力のパワー源になったのではないかと。そんなエピソードです。勝手な想像ですが、いかがでしょうか?

❒元気の源は、結局アミノ酸です!!

■エピソード Ⅱ 青木功プロの松山英樹に対する想いとは

2013年12月の話、12月1日最終日の第33回カシオワールドオープン(高知黒潮CC)で松山英樹が12アンダーで優勝。左手の親指の関節炎「左母指手根中手関節炎」(ひだり ぼし しゅこん ちゅうしゅ かんせつえん)で、主に原因は手の使いすぎが大半です。

というような、関節炎にもめげず、痛み止めも効かないそんな関節炎にもめげず、痛みをこらえて最終日もアンダーパーで回り、優勝してしまった松山英樹。左手の親指の付け根が腫れ上がり、翌日の左手は「グー」も作れない状態だったようです。

そのため、続く12月5日からのツアー最終戦「第50回ゴルフ日本シリーズJTカップ」(東京よみうりCC)を欠場、宮里優作が優勝。

続く、12月15日(日)に行われた、Hitachi 3Tours Championship 国内ゴルフツアー3団体(JGTO、LPGA、PGA)の対抗戦も欠場、大会の盛り上がりというか、年末のお祭りのようになっている大会なので、非常に残念でしたが、

ここで世界のアオキが、青木功プロが言うのですよ、JTカップを欠場すると言った松山英樹に対して、手が治らないうちはプレーしない方がいいね、とはっきり言ってくれたようです。(関根勤のあの感じ、思い出す私は不謹慎?)

同じプレーヤーとしての先輩としての、親心というか、「世界のアオキ」が言うと、マスコミも、スポンサーも、世間も、みんなが本当は思っているのに、松山英樹をいま休ませてやりたいと思っていても、言えない雰囲気を青木功プロは言ってくれる。そんなエピソード。治すべき物は完全に治して完治させて次に向かう。プロとして大切な事です。

「世界のアオキ」だからこそわかる、世界を狙う松山英樹に対しての、何気ない一言は、痛み止めも効かないそんな関節炎にもめげず、痛みをこらえてプレーしていた松山英樹も休養しようと思ったのではないでしょうか。

青木功プロの松山英樹に対する想い、優しいこころがそこにあったそんなエピソードもあります。

とかく日本は世間的に、精神論が先に立って、痛み止めも効かないそんな関節炎にもめげず、痛みをこらえて最終日もアンダーパーで回り、優勝してしまう。

松山英樹がスゴイとそっちを持ち上げますが、プロの選手はゴルフに限らず、最高のコンディションで、最高のパフォーマンスをしてこそのプロなので、休養も必要、そうでしょう?そんなエピソードいかがでしょうか?。

松山英樹 青木功 エピソード

■エピソード Ⅲ 松山英樹は青木功??

松山英樹の目的目標は、目の前の試合に勝つこと、メジャーで、世界で、とにかく1勝する事が目標だと、毎回の戦いぶりを見ていると、またコメントを聞いていると思います。アメリカツアーシード権獲得でもなければ、日本の賞金王でもなく、結局それらは、あとで自然に付いてくる。

松山英樹はあくまでも勝利を求めていて、今までの全米、全英などでトップ10に入ったけれども勝てなかった悔しさの方が大きかったと後日談で語っています。青木功プロは松山英樹といままでの日本人選手との違いをこんな風に語っています。

「英樹は、やっぱりただ者じゃないよ。ゴルフをよく知っている。風やフェアウエイの固さ、芝の違いなんか・・、そういう物に対して、どう打てばいいのか、どう対処すればいいのか、本当によくわかっている。」

と青木功プロは語る。実際、いままでの日本人選手が苦労し、なかなか攻略できなかったマスターズ、全英オープン、全米オープンを松山英樹はあっという間に攻略成功。予選ラウンドを、素人目に見てもカンタンに突破。決勝ラウンドでも、日本人らしくない?すばらしいプレイを見せてくれました。

さらにこれは、驚くべき事なのか?、今までの日本人にはなかったので驚くべき事なのだが、どんな試合でも、誰と回っても、なんかふつうで、ドキドキしない。

テレビでしか見ないので、ドキドキしていないように見えるといった方が正しいかも。その辺が青木功プロ、世界のアオキに「ただ者じゃないよ」と言わせる、そんなところではないでしょうかぁ~?。松山英樹らしいエピソード。

ゴルフを極める方法には、2通りあって正確なスイングをきわめてそこからゲームを組み立てる方法と、どう攻めていくかカップインするにはどう攻めるかと考えてゲームを攻略する方法と2種類あるという話があります。

そんな中、松山英樹はどう攻めていくかと考えてゲーム攻略を考えるタイプで、どんな球筋でも、とにかくカップインする攻め方を重要視する。上がってナンボのゴルフ、そんなところが松山英樹と実は青木功プロがよく似ていると、

世界に通用した世界のアオキは実は攻め方重視のゴルフで、そんな感じが松山英樹に似ていると、なので「松山英樹は青木功?」ということで、比較して見るととおもしろいかも。こんなエピソードも、どうでしょうかぁ~?

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■エピソード Ⅳ 青木功、世界を見た人がほめる松山英樹

2014年6月2日松山秀樹のPGAツアー初優勝。 ケビン・ナとのプレーオフを制し、ルーキーイヤーで米国ツアー初優勝。2014年メモリアル・トーナメント(ミュアフィールドビレッジGC・オハイオ州)にて、松山英樹、本格参戦1年目の優勝。

国内外で通算81勝している青木功プロは「いつかは(優勝する)と思っていたが、意外に早かったな」と驚いた。「英樹は、やっぱりただ者じゃないよ」と言い続けている青木功プロ、かつて本人が日本人初の米ツアー優勝を果たしたのは40歳。

22歳の松山英樹が、世界のアオキに言わしめる意外に早かったPGAツアー優勝。そんな青木功プロが、松山英樹がプロゴルファーとなった前年、既に日本ツアー賞金王になったことで、松山英樹は本当にゴルフがうまいと、そしてその人並みはずれた精神力を褒め称えた。そんなエピソード。

「世界の頂点で戦えば、ふつうは物怖じするものだが、競う相手が誰であれ優勝しか見えてない。あの鈍感さは魅力だよ」

と言わしめる、そんなエピソード世界を見た、経験した人だから言える、世界をねらう人に対する最高の言葉ですよねぇ~。

松山英樹 青木功 エピソード

■エピソード Ⅴ これまでの50年とこれからの50年

青木功プロ、プロゴルファー生活50周年となる祝賀会が2014年12月19日都内で行われ、松山英樹や石川遼、尾崎将司、倉本昌弘、丸山茂樹、など颯爽としたゴルフ界のメンバーと共に、長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督、安部晋三首相らも出席、華やかな50年、節目の式典が行われた。松山英樹の青木功プロに対する思い出は、6歳のとき

「僕はやっぱり、最初にお会いしたときのイメージが強い。青木さんの胸の高さも、身長がなかった時だが、本当にオーラを感じた。」

「50年は想像もつかないし、本当にすごいことだと実感します。」

と、その思い出と50年に対する、感嘆の想いを語った。

また、青木功プロは、プロ50年間を振り返り、頑丈なカラダに育ててくれた両親に感謝したいと、また800人を超える来場者の方々に何度も感謝の気持ちを告げていた。そしてこれからも51年目のシーズンへ向けトレーニングを継続する。

「俺も引退という言葉は知っているけど、青木功に引退という言葉はいらない。」

生涯現役でゴルフを続ける、また続けられる様にカラダを鍛える。青木功プロの座右の銘「体技心」、柔道の父・嘉納治五郎の柔術独習書に柔術の目的として明記されている言葉です。(タイ・ギ・シン)

①身体の発育 (体)
②勝負術の鍛錬 (技)
③精神の修養 (心)

プロがお金をかけてまで合宿をして、カラダを鍛えるのは、カラダが資本だからやるので、カラダが丈夫で心配の無い状態でないと技も極められない、心も折れてしまう

「体技心」の順番がプロには必要だからと、青木功プロは言います。実は既に36年もの間、青木功プロは毎年トレーニングキャンプを行い、カラダを鍛え「体技心」を貫いているということです。

青木流「体」の奥義として、2014年10月出版された本にはそのゴルフに対する考え方とカラダの鍛え方、鍛錬の方法が書かれています。

引退ということを考えさせない、カラダの鍛え方、若いゴルファーにもその方法を知ってもらって、プロもわたしらアマチュアもがんばれたらなぁ~と想います。一度読んで見てください、松山英樹にも読んでほしい1冊です。そんなエピソードでした。

松山英樹 青木功 エピソード

■エピソードⅥ 青木功PGAツアー初勝利

(YouTube 動画)

しかし今でも、何度みても 奇跡ですかねぇ~、スゴイですねぇ~。1983年2月13日ハワイアンオープン最終日最終組でプレーしていた青木功プロは、18番パー5を首位タイで迎えた。

しかし、前の組を回っていたジャック・レナーがバーディを奪い、一足先に通算19アンダーの単独首位でホールアウトした。

そんな中、青木功プロの2打目は残り128ヤードの左ラフへ突っ込んだ。結果ミスショットとなり。誰もが思う、良くてもバーディでプレーオフ・・・。本当に誰もがそう思っていた。

勝利は目前、満面の笑みでジャック・レナーがスコアカードを提出しているその時に、青木功プロがラフから放った第3打はピン手前で1バウンドして、そのままカップへと吸い込まれた。

コレが青木功プロのPGAツアー初勝利。劇的な逆転イーグル。日本人選手初優勝の快挙は、青木功プロが両手を挙げて小躍りした起死回生のショットで達成された。

キャディに勧められた9番アイアンを戻して、自らピッチングウェッジを選択して放った一打だった。


■まず、PGAツアー賞金王になるまで応援するでぇ~

青木功プロは、2008年11月18日(平成20年)に行われた、秋の褒章伝達式にて、当時66歳で「紫綬褒章」を授章されました。プロゴルファーとしての「紫綬褒章」を授章は、前年の樋口久子氏に続き2人目。

青木功プロ、あれから7年今でも現役で、昨年は「中日クラウンズ」や、「つるやオープン」「ミズノオープン」などにも参戦され、2014年は計10試合参戦されています。1942年(昭和17年)8月31日生まれ、72歳です。

❒嬉しいお知らせがありました!!青木功プロは、2015年11月3日(平成27年)旭日小綬章(きょくじつ・しょうじゅしょう)に選ばれました。おめでとうございます。スポーツ振興における功労を称えられました。今年で73歳になった、青木功プロ、プロ生活51年目で新たな勲章です。10日に国立劇場で伝達式があります。

日米欧豪の4大ツアーすべてで優勝し、2004年に日本人男子初の世界ゴルフ殿堂入り。その後、日本プロゴルフ殿堂入りも果たし、今もシニアツアーに参戦しています。

「私は遅咲き。花は咲いているかもしれないけれど、まだ満開じゃない。花を散らさないよう長くやります」

と熱い言葉を残しています。

❒日本ゴルフツアー機構(JGTO)は2016年3月4日、定時社員総会と理事会を開き、プロ通算85勝(国内男子57勝)でJGTO特別顧問を務めた青木功(73歳)を、第4代会長に選出しました。

いろいろあります、青木プロ・・これからの日本男子プロゴルフ界をパワーアップして欲しいですね。いかがでしょうかぁ??

さあ!行くぞ松山英樹。そんな、こんな言いながらこれからも松山英樹、まずはPGAツアー賞金王になるまでに応援するでぇ~。次回乞うご期待。

これからもよろしくお願いいたします。

❒グルコサミンより効果絶大!!

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